2009.11.24
ノルディックウォーキング、及び週末のことなど
週末はノルディックフィットネスフォーラムin琵琶湖、に
参加してきました。
僕とポーラの他に、いつも鍼で来てくださっているいくこさん
ご夫婦も一緒に参加してくださいました。
ノルディックウォーキングとは、簡単にいうと、ノルディック用の
ストックを使いながら歩くことを言います。
もともとはノルディックスキー(雪の上をスキーを履いて走る競技)
の夏場のトレーニングだったそうなのですが、フィットネス効果が
とても高い、ということで、単独でも行われるようになったそうです。
「痩せるためには何をしたらよいですか?」
とよく聞かれます。
いつも僕は
「運動です」
と即答するのですが、実際に何の運動をすればいいか、ということが
簡単なようで難しい。
手っ取り早いのは、歩く、ということで、ウォーキングを薦めるのですが
実はウォーキングで痩せるのは非常に難しいんですね。
ウォーキングで痩せるためにはある程度心拍数を上げなければ効果は
望めないのですが、これがかなり大変なのです。
かといってジョギングをすればいいか、というと、ジョギングは
身体にある程度の衝撃を与えてしまうので、膝や足首が痛くなってしまい
これも結構難しい。
そこで、ノルディックウォーキングなのです。
僕はノルディックウォーキングはかなり理想的な運動だと感じています。
というのは、まずどこも痛める心配がない。
それに、ウォーキングでは難しかった心拍数を上げる、ということが
腕の筋肉も使うので簡単にできます。
下半身の筋肉を中心に使うウォーキングに比べて、
ノルディックウォーキングは上半身の筋肉、及び、
歩き方を工夫することによって、腹筋と背筋も
鍛えることができるんですね。
ということで、免疫力も上げることが出来ますし、
もちろん、かなり効率よく脂肪を燃焼させることができます。
デメリットはポール(ストック)がいるので、若干の初期投資
が必要なことですね。
うちには僕用のポールとポーラさん用のポールが一セットずつあるのですが、
もしかしたら買い足すかもしれません。
今回、天気予報では雨が降るかもしれない、ということだったのですが、
なんとか雨も降らず、快適に歩くことが出来ました。
いっしょに参加してくださったいくこさんご夫妻も
「楽しかったー!」と言ってくださったのでほっとしています。
ノルディックウォーキングのことは、これからも興味がある方に
情報を提供できるようにしていければなぁと考えています。
それから、今回初めて知ったのですが、僕がいつもやっている
インラインスケートにポールを使って滑る、ということは
フィンランドではノルディックブレーディング、と呼ばれていて
かなりポピュラーなスポーツらしいのです。
驚いた。やっているのは僕だけかと思ってたけど
海の向こうでは沢山の人がやってるんですね。
それからもう一つ週末の事を。
週末は関東から、夏子ちゃん純子ちゃん姉妹が遊びに来てくれました。
このお二人は、今から7年ほど前、僕たちがまだフランスで
鍼灸院を営業していた頃、縁があってパリの僕のお店に遊びに来てくれたのですが、
その後も親しくさせてもらっています。
パリであったときは二人ともまだ学生さんだったのですが、
今は社会人として活躍されています。
すっかり大人になって、と書きたいところなのですが、
二人とも7年前と同じで、あどけないまんまでした(笑)
ポーラさんも二人のことがかわいくってしょうがないようで、
「かわいーかわいー」と何度も言ってました。
無邪気、という点ではポーラさんも似たようなものですが。
ということでありがたいことに素敵な週末を過ごすことが出来ました。
あ、また明日からオデオンはやってますのでよろしくお願いしますね。
参加してきました。
僕とポーラの他に、いつも鍼で来てくださっているいくこさん
ご夫婦も一緒に参加してくださいました。
ノルディックウォーキングとは、簡単にいうと、ノルディック用の
ストックを使いながら歩くことを言います。
もともとはノルディックスキー(雪の上をスキーを履いて走る競技)
の夏場のトレーニングだったそうなのですが、フィットネス効果が
とても高い、ということで、単独でも行われるようになったそうです。
「痩せるためには何をしたらよいですか?」
とよく聞かれます。
いつも僕は
「運動です」
と即答するのですが、実際に何の運動をすればいいか、ということが
簡単なようで難しい。
手っ取り早いのは、歩く、ということで、ウォーキングを薦めるのですが
実はウォーキングで痩せるのは非常に難しいんですね。
ウォーキングで痩せるためにはある程度心拍数を上げなければ効果は
望めないのですが、これがかなり大変なのです。
かといってジョギングをすればいいか、というと、ジョギングは
身体にある程度の衝撃を与えてしまうので、膝や足首が痛くなってしまい
これも結構難しい。
そこで、ノルディックウォーキングなのです。
僕はノルディックウォーキングはかなり理想的な運動だと感じています。
というのは、まずどこも痛める心配がない。
それに、ウォーキングでは難しかった心拍数を上げる、ということが
腕の筋肉も使うので簡単にできます。
下半身の筋肉を中心に使うウォーキングに比べて、
ノルディックウォーキングは上半身の筋肉、及び、
歩き方を工夫することによって、腹筋と背筋も
鍛えることができるんですね。
ということで、免疫力も上げることが出来ますし、
もちろん、かなり効率よく脂肪を燃焼させることができます。
デメリットはポール(ストック)がいるので、若干の初期投資
が必要なことですね。
うちには僕用のポールとポーラさん用のポールが一セットずつあるのですが、
もしかしたら買い足すかもしれません。
今回、天気予報では雨が降るかもしれない、ということだったのですが、
なんとか雨も降らず、快適に歩くことが出来ました。
いっしょに参加してくださったいくこさんご夫妻も
「楽しかったー!」と言ってくださったのでほっとしています。
ノルディックウォーキングのことは、これからも興味がある方に
情報を提供できるようにしていければなぁと考えています。
それから、今回初めて知ったのですが、僕がいつもやっている
インラインスケートにポールを使って滑る、ということは
フィンランドではノルディックブレーディング、と呼ばれていて
かなりポピュラーなスポーツらしいのです。
驚いた。やっているのは僕だけかと思ってたけど
海の向こうでは沢山の人がやってるんですね。
それからもう一つ週末の事を。
週末は関東から、夏子ちゃん純子ちゃん姉妹が遊びに来てくれました。
このお二人は、今から7年ほど前、僕たちがまだフランスで
鍼灸院を営業していた頃、縁があってパリの僕のお店に遊びに来てくれたのですが、
その後も親しくさせてもらっています。
パリであったときは二人ともまだ学生さんだったのですが、
今は社会人として活躍されています。
すっかり大人になって、と書きたいところなのですが、
二人とも7年前と同じで、あどけないまんまでした(笑)
ポーラさんも二人のことがかわいくってしょうがないようで、
「かわいーかわいー」と何度も言ってました。
無邪気、という点ではポーラさんも似たようなものですが。
ということでありがたいことに素敵な週末を過ごすことが出来ました。
あ、また明日からオデオンはやってますのでよろしくお願いしますね。
2009.11.22
お礼
前回のブログで個人的なお願いをしてしまいましたが、
沢山の方がお願いを聞いてくださいました。
拍手の数を見てびっくりしました。
本当にありがとうございます。
女性に比べて、男性は年をとってくるとしょんぼりしてしまうことが
多い?ような気がしますが、うちの父親も例外ではなく、些細なことで
落ち込んだりするようになってきました。
しかし、拍手の数を見て、今頃中国で感激して舞い上がっていることと
思います。
すみません、変なお願いをしたりして。
でも助かりました。本当に。ありがとうございました。
沢山の方がお願いを聞いてくださいました。
拍手の数を見てびっくりしました。
本当にありがとうございます。
女性に比べて、男性は年をとってくるとしょんぼりしてしまうことが
多い?ような気がしますが、うちの父親も例外ではなく、些細なことで
落ち込んだりするようになってきました。
しかし、拍手の数を見て、今頃中国で感激して舞い上がっていることと
思います。
すみません、変なお願いをしたりして。
でも助かりました。本当に。ありがとうございました。
2009.11.21
お願い
定年退職をし、しょぼんとしている父親が少しでも元気になればなぁと
ブログを始めることを薦めました。
すっかりその気になった父親は、桃花源便り、というブログを始めました。
父親は日本文学を専門としています。が、日本文学を専門としている割には
その文章は実にわかりにくい(笑)
これならまだ、宇宙に行ってるような?といわれるポーラさんの文章の方が
まだましです。
なんて僕が言っているなんて事を知ったら彼は激怒するでしょうが。
ところで、このFC2のブログサービスには、拍手、という機能がついています。
父親は自分のブログに拍手が入るととっても喜ぶらしいのです。
ここでこのブログを読んでくださっている、ご奇特な方にお願いです。
文章は別に読まなくてもいいので、桃花源便りへ行って、拍手のボタンを
ポチッと押してはもらえないでしょうか?
人が一人確実にとても幸せな気分になります(笑)
余談ですが、退職してしょんぼりとしていた父親は、その後、縁あって中国で仕事を見つけ
現在、楽しそうに仕事をしているそうです。息子としてはほっとしています。
しょんぼりしているよりも、生き生きとしてる方が嬉しいですしね。
ブログを始めることを薦めました。
すっかりその気になった父親は、桃花源便り、というブログを始めました。
父親は日本文学を専門としています。が、日本文学を専門としている割には
その文章は実にわかりにくい(笑)
これならまだ、宇宙に行ってるような?といわれるポーラさんの文章の方が
まだましです。
なんて僕が言っているなんて事を知ったら彼は激怒するでしょうが。
ところで、このFC2のブログサービスには、拍手、という機能がついています。
父親は自分のブログに拍手が入るととっても喜ぶらしいのです。
ここでこのブログを読んでくださっている、ご奇特な方にお願いです。
文章は別に読まなくてもいいので、桃花源便りへ行って、拍手のボタンを
ポチッと押してはもらえないでしょうか?
人が一人確実にとても幸せな気分になります(笑)
余談ですが、退職してしょんぼりとしていた父親は、その後、縁あって中国で仕事を見つけ
現在、楽しそうに仕事をしているそうです。息子としてはほっとしています。
しょんぼりしているよりも、生き生きとしてる方が嬉しいですしね。
2009.11.14
ゆきさんの結婚式
今日はいつも鍼とエンジェルリーディングに来てくださっている
ゆきさんの結婚式に行って来ました。
実はゆきさんから結婚式の案内をいただいたとき、日付をみて
コンマ5秒ほど出席を迷いました。
というのは結婚式の日は、毎月一度の何よりも楽しみにしている池袋での
鍼の勉強の日だったからです。
しかし、そもそも僕のお店、オデオンは、来てくれる人たちが
健康になってくれ、そして天使の導きなどで幸せになってもらうため
に存在するんですね。
そして縁あって幸せな結婚式に呼んでもらったのだから、出席しないわけには
いきません。だってこんなありがたいことはないんですから。
花嫁姿のゆきさんはそれはそれは美しかったです。
ゆきさんは、もともと、とてもきれいな人なんですが、
接客業をされているせいか、ご両親のしつけのせいかわかりませんが
立ち振る舞いがとてもきれいなんですね。
それもあって、ドレス姿がすごく映えました。
ゆきさんの上司にあたる方も、出席されていたのですが、
明日からゆきさんを見る目が変わってしまう、と言われてました(笑)
それぐらいきれいでした。
いい結婚式って、出席させてもらうと本当に幸せな気持ちになれますね。
それはそうと、ポーラさんは披露宴の最後に歌を歌ってました。
会場、所狭しと、あちこち踊りながら移動しながら歌ったのですが、
途中で見事にテンポがずれました。あんなに練習したのに(笑)
テンポがずれて、皆さん見ていられなかったのか、途中から
自然と手拍子が沸き起こり、なんとか最後まで歌うことが出来ました。
ほっ。
なんというか、最高に素敵な秋の一日でした。
ゆきさんの結婚式に行って来ました。
実はゆきさんから結婚式の案内をいただいたとき、日付をみて
コンマ5秒ほど出席を迷いました。
というのは結婚式の日は、毎月一度の何よりも楽しみにしている池袋での
鍼の勉強の日だったからです。
しかし、そもそも僕のお店、オデオンは、来てくれる人たちが
健康になってくれ、そして天使の導きなどで幸せになってもらうため
に存在するんですね。
そして縁あって幸せな結婚式に呼んでもらったのだから、出席しないわけには
いきません。だってこんなありがたいことはないんですから。
花嫁姿のゆきさんはそれはそれは美しかったです。
ゆきさんは、もともと、とてもきれいな人なんですが、
接客業をされているせいか、ご両親のしつけのせいかわかりませんが
立ち振る舞いがとてもきれいなんですね。
それもあって、ドレス姿がすごく映えました。
ゆきさんの上司にあたる方も、出席されていたのですが、
明日からゆきさんを見る目が変わってしまう、と言われてました(笑)
それぐらいきれいでした。
いい結婚式って、出席させてもらうと本当に幸せな気持ちになれますね。
それはそうと、ポーラさんは披露宴の最後に歌を歌ってました。
会場、所狭しと、あちこち踊りながら移動しながら歌ったのですが、
途中で見事にテンポがずれました。あんなに練習したのに(笑)
テンポがずれて、皆さん見ていられなかったのか、途中から
自然と手拍子が沸き起こり、なんとか最後まで歌うことが出来ました。
ほっ。
なんというか、最高に素敵な秋の一日でした。
2009.11.14
死の臨床学会 その4 そして食糧事情のこと その2
前回のブログで、オデオンの食糧事情がいい、ということを書きましたが、
さらに、まりこさんのお母様が北海道から届いたジャガイモを沢山持ってきて
くださいました。
まりこさんは以前、北海道で働かれていたことがあり、それが縁で
毎年北海道からジャガイモが送られてくるそうです。
これで美味しいジャガイモがさらに増えました。なんてうれしい。
まりこさんのところは、まりこさん、まりこさんのお母様、
まりこさんの妹さんと家族で鍼に来てもらっています。
ありがたいことですね。とてもうちのことを信頼してくださっているので
信頼にきちっと応えられるように頑張っていきたいと思います。
それからもうひとつ、陶芸家の清水さんが鍼にきてくださったのですが、
彼の家でとれた、ハート型の柿を持ってきてくださいました。
ポーラさんがハート型が好きだ、ということでわざわざ沢山のなかから、
探して持ってきてくださったようです。おそらく、四つ葉のクローバーを
みつけるよりも難しいかと。うれしかったです。ありがとうございます!
ということでますます食糧事情がよくなっています。
死の臨床学会の事についてもう少し。これが最後になります。
今回参加してみて、強く思ったのは、死の臨床学会の会場には
非常にいい顔の人が多かった。
僕はどちらかというと人見知りであまり社交的ではないので、
名刺交換などは苦手なのですが、今回は、魅力的でいい顔を
されている方がたくさんおられたので、話したい、と
思える人が多く、持って行った名刺をすべて配り終えてきました。
僕にしてはめずらしいことなんですね。
こういう学会は講演の話を聞けるのももちろん勉強になるのですが、
いろんな人とのちょっとした会話から、たくさんの気づきを得られます。
それがいい雰囲気の中だとなおさらですね。
来年の開催地は盛岡なのですが、今から楽しみです。
さらに、まりこさんのお母様が北海道から届いたジャガイモを沢山持ってきて
くださいました。
まりこさんは以前、北海道で働かれていたことがあり、それが縁で
毎年北海道からジャガイモが送られてくるそうです。
これで美味しいジャガイモがさらに増えました。なんてうれしい。
まりこさんのところは、まりこさん、まりこさんのお母様、
まりこさんの妹さんと家族で鍼に来てもらっています。
ありがたいことですね。とてもうちのことを信頼してくださっているので
信頼にきちっと応えられるように頑張っていきたいと思います。
それからもうひとつ、陶芸家の清水さんが鍼にきてくださったのですが、
彼の家でとれた、ハート型の柿を持ってきてくださいました。
ポーラさんがハート型が好きだ、ということでわざわざ沢山のなかから、
探して持ってきてくださったようです。おそらく、四つ葉のクローバーを
みつけるよりも難しいかと。うれしかったです。ありがとうございます!
ということでますます食糧事情がよくなっています。
死の臨床学会の事についてもう少し。これが最後になります。
今回参加してみて、強く思ったのは、死の臨床学会の会場には
非常にいい顔の人が多かった。
僕はどちらかというと人見知りであまり社交的ではないので、
名刺交換などは苦手なのですが、今回は、魅力的でいい顔を
されている方がたくさんおられたので、話したい、と
思える人が多く、持って行った名刺をすべて配り終えてきました。
僕にしてはめずらしいことなんですね。
こういう学会は講演の話を聞けるのももちろん勉強になるのですが、
いろんな人とのちょっとした会話から、たくさんの気づきを得られます。
それがいい雰囲気の中だとなおさらですね。
来年の開催地は盛岡なのですが、今から楽しみです。
2009.11.13
死の臨床学会 その3 そして食糧事情のこと
今、オデオンの食糧事情は素晴らしいことになってます。
昨日、北海道のアグ・デ・パンケ農園で仕事をされているゆうじさんが
ポーラさんの誕生日祝いにと、段ボール箱いっぱいのジャガイモを送って
くださいました。これが、とてつもなく美味しい。
ポーラさんも、みゆさんも目をまん丸にして驚いてました。
アグ・デ・パンケさんからは何度か野菜を送ってもらっているのですが
どれも例外なく美味しさが際だっています。
オーナーさんがこだわりの人なんでしょうね。
台所の隅においしいジャガイモが沢山転がっているのって、なんて幸せなんだろう。
見ると嬉しくなります。
そして今日は、昨日のブログに登場してもらった宮城で鍼をされている
曽我さんから、これまた段ボール箱いっぱいのリンゴが届きました。
彼がオデオンに来たときには、牛タンや日本酒などを持ってきてくれたのですが
どれもポーラさんが口に入れられない物ばかり、ということを知って、わざわざ
リンゴなら食べられるだろう、と送ってくださったのです。
ありがたい。なんてありがたい。
ゆうじさん、曽我さん、感謝してます。
さて、死の臨床学会の続きです。
今回の死の臨床学会は、ターミナルケア、ホスピス発祥の地で
重要な役割を果たした、メアリー・エイケンヘッドさんと、日本で、ホスピス
という概念を最初に広めた岡村昭彦さんに焦点が当てられていました。
岡村昭彦さんという人は1929年に生まれ、最初は戦争写真家として有名になられました。
アメリカのライフ、という雑誌に9頁にわたり彼の写真が特集され、一躍、世界のOKAMURAとして知られるんですね。
その後思うところがあり、ホスピスに取り組まれていたそうです。
会場の一室に、テレビ記者が岡村昭彦さんにインタビューしている映像が流れていたのですが、僕はすぐにその映像に釘付けになりました。
まず、人物が非常に魅力的です。口は悪いのですが、話が論理的で非常にわかりやすい。
そして、非常に勉強されていることがすぐにわかりました。
エピソードのひとつに、岡村さんが、ホスピスという単語を使った本を出版しようとしたところ、出版社からストップがかかったそうです。
ホステス、と間違えるからだめだ!って出版社が言ったそうなんですね(笑)
それに対して、岡村さんは、ホステスと間違えたっていいから、あえて
ホスピス、という言葉を使わなきゃダメなんだ。だいたい同じようなもんなんだから。
と押しきってしまったそうです。
この人は、日本の出版社が採用するかどうかもわからないのに、ベトナム戦争の
現場に行って、写真撮ってきてるんですね。それも自費で。
案の定、日本の出版社はどこも採用しなかったそうです。
でも、たまたま、そのネガを見たアメリカ人が、これはすごい、と本国に
持ち帰り、その写真で雑誌ライフで特集が組まれたそうです。
なんの保証もないのに、戦場に行って写真を撮ってくる。
命も危ないわけですよね。これはどれだけ勇気のいることか。
ここで、岡村昭彦さんの事をこれ以上紹介するのは難しいのですが、
この人の事を知った、ということだけでもわざわざ、死の臨床学会に
行ったかいがあったというものです。
一日目の最後には、スーザン・オズボーンさんのコンサートがありました。
この方は長野オリンピックで歌った人だったんですね。
自分でピアノを弾いて歌われたのですが、これがよかったんですね。
僕は感動をすると、全身が電気で包まれたようにびりびりするのですが、
コンサートの間、しょっちゅうびりびりしてました。
いま、ふと思ったのですが、このびりびりするのは僕だけなんだろうか?
皆さんもそうですか?
コンサートが終わった後の懇親会に、スーザン・オズボーンさんが
おられたので、僕は、頑張って英語で話しかけてみました。
そしたらスーザンさん、本当に喜んでくれました。
日本人が、片言の英語で話しかけてくれた、ということに対してだと思いますが。
長々と書いてしまいました。死の臨床学会のブログはもう一回だけ続きます。
次で最後です。
昨日、北海道のアグ・デ・パンケ農園で仕事をされているゆうじさんが
ポーラさんの誕生日祝いにと、段ボール箱いっぱいのジャガイモを送って
くださいました。これが、とてつもなく美味しい。
ポーラさんも、みゆさんも目をまん丸にして驚いてました。
アグ・デ・パンケさんからは何度か野菜を送ってもらっているのですが
どれも例外なく美味しさが際だっています。
オーナーさんがこだわりの人なんでしょうね。
台所の隅においしいジャガイモが沢山転がっているのって、なんて幸せなんだろう。
見ると嬉しくなります。
そして今日は、昨日のブログに登場してもらった宮城で鍼をされている
曽我さんから、これまた段ボール箱いっぱいのリンゴが届きました。
彼がオデオンに来たときには、牛タンや日本酒などを持ってきてくれたのですが
どれもポーラさんが口に入れられない物ばかり、ということを知って、わざわざ
リンゴなら食べられるだろう、と送ってくださったのです。
ありがたい。なんてありがたい。
ゆうじさん、曽我さん、感謝してます。
さて、死の臨床学会の続きです。
今回の死の臨床学会は、ターミナルケア、ホスピス発祥の地で
重要な役割を果たした、メアリー・エイケンヘッドさんと、日本で、ホスピス
という概念を最初に広めた岡村昭彦さんに焦点が当てられていました。
岡村昭彦さんという人は1929年に生まれ、最初は戦争写真家として有名になられました。
アメリカのライフ、という雑誌に9頁にわたり彼の写真が特集され、一躍、世界のOKAMURAとして知られるんですね。
その後思うところがあり、ホスピスに取り組まれていたそうです。
会場の一室に、テレビ記者が岡村昭彦さんにインタビューしている映像が流れていたのですが、僕はすぐにその映像に釘付けになりました。
まず、人物が非常に魅力的です。口は悪いのですが、話が論理的で非常にわかりやすい。
そして、非常に勉強されていることがすぐにわかりました。
エピソードのひとつに、岡村さんが、ホスピスという単語を使った本を出版しようとしたところ、出版社からストップがかかったそうです。
ホステス、と間違えるからだめだ!って出版社が言ったそうなんですね(笑)
それに対して、岡村さんは、ホステスと間違えたっていいから、あえて
ホスピス、という言葉を使わなきゃダメなんだ。だいたい同じようなもんなんだから。
と押しきってしまったそうです。
この人は、日本の出版社が採用するかどうかもわからないのに、ベトナム戦争の
現場に行って、写真撮ってきてるんですね。それも自費で。
案の定、日本の出版社はどこも採用しなかったそうです。
でも、たまたま、そのネガを見たアメリカ人が、これはすごい、と本国に
持ち帰り、その写真で雑誌ライフで特集が組まれたそうです。
なんの保証もないのに、戦場に行って写真を撮ってくる。
命も危ないわけですよね。これはどれだけ勇気のいることか。
ここで、岡村昭彦さんの事をこれ以上紹介するのは難しいのですが、
この人の事を知った、ということだけでもわざわざ、死の臨床学会に
行ったかいがあったというものです。
一日目の最後には、スーザン・オズボーンさんのコンサートがありました。
この方は長野オリンピックで歌った人だったんですね。
自分でピアノを弾いて歌われたのですが、これがよかったんですね。
僕は感動をすると、全身が電気で包まれたようにびりびりするのですが、
コンサートの間、しょっちゅうびりびりしてました。
いま、ふと思ったのですが、このびりびりするのは僕だけなんだろうか?
皆さんもそうですか?
コンサートが終わった後の懇親会に、スーザン・オズボーンさんが
おられたので、僕は、頑張って英語で話しかけてみました。
そしたらスーザンさん、本当に喜んでくれました。
日本人が、片言の英語で話しかけてくれた、ということに対してだと思いますが。
長々と書いてしまいました。死の臨床学会のブログはもう一回だけ続きます。
次で最後です。
2009.11.12
死の臨床学会 その2
死の臨床学会の事を知ったのは、以前、池袋の勉強会で、死の臨床学会の
大会長の佐藤先生の講演を聴いたのがきっかけです。
佐藤先生の講演を聴き、死にゆく人々に対して、心のこもったケアを
する施設があることを知り、ターミナルケアについて興味を持ったんですね。
そしてこの日、懇親会があったので、その席で直接佐藤先生にいろいろ質問をすることが
出来ました。
「先生って訴えられたこととかあるんですか?」
なんていう僕の失礼な質問に対しても、ありがたいことにとても丁寧に
答えてくださいました。
この時に同じく懇親会に参加されていた僕と同世代の宮城で鍼をされている
先生と親しくなり、一緒に死の臨床学会に参加しようという話になります。
宮城の鍼の先生は、曽我さん、というのですが、曽我さんはオデオンのホームページ
やブログを見てくださり、死の臨床学会の会場の名古屋に行く前に、名古屋を通り越して
沢山お土産を持って、滋賀まで遊びに来てくださいました。
お土産の内容は、僕の好きな、日本酒、牛タン(宮城といえば牛タンなんですね)
それとイノシシの肉の入っているイノシシカレー(宮城丸森町の名産だそうです)
という非常にレアなものでした。ありがとう。
名古屋へ出発の前日、少しオデオンを早めに終わり、僕とポーラ、みゆさん
曽我さんの4人でみゆさんの彼氏が働いておられるお店に食べに行きました。
そして当日は、6時15分に出発して名古屋に向かいました。
今は新名神があるので名古屋まですぐなんですね。
でもいつも夜型の僕にとっては6時15分はきつかった。。
定刻前に名古屋国際会議場に到着し開会式が終わった後、
僕は大下大圓さんという方のワークショップに参加します。
この人、お坊さんなのにスピリチュアルと言う言葉を使っておられ
スピリチュアル仏教のすすめ、などという本も書かれています。
うーん、うさんくさい(笑)
と最初は思っていたのですが、これが実によかった。
この方は病院で末期がんの方達などに心のケアをされているのですね。
講演を聴き、こういう方達が心のケアをしてくれることで、死にゆく人々
そしてその家族の人たちがどれだけ救われるか、ということをつくづく
実感しました。
やはりヒーラーって素晴らしい仕事ですね。
会場の都合で、質疑応答がなかったのですが、僕は大下大圓さんに
どうしても聞きたいことがあったので、講演終了後、直接質問に行きました。
大下大圓さんは、僕を見て
「あなたもお坊さんですか?」
「いえ、鍼うってます」
って答えると怪訝そうな顔をされてました。
それはさておき、僕の質問は、
欧米人は習慣的に祈りますが、
日本人は祈る習慣もないので、死、ということに対して
とても恐怖やストレスがあると思うのですが、どうやったら
それを少しでも減らすことが出来ますか?
というものです。
それに対して大下大圓先生は即座に、
「それは瞑想ですね」
と答えられました。そして、
「今度瞑想の本を出すので、買ってね」
としっかり営業もされました(笑)
死に対する恐怖はそれは大変なものだと思います。
それを軽減することの出来る瞑想というのはやはり素晴らしいツールなんですね。
もうちょっと瞑想を頑張ろうと思えた出来事でした。
死の臨床学会のブログ、もうちょっと続きます。
大会長の佐藤先生の講演を聴いたのがきっかけです。
佐藤先生の講演を聴き、死にゆく人々に対して、心のこもったケアを
する施設があることを知り、ターミナルケアについて興味を持ったんですね。
そしてこの日、懇親会があったので、その席で直接佐藤先生にいろいろ質問をすることが
出来ました。
「先生って訴えられたこととかあるんですか?」
なんていう僕の失礼な質問に対しても、ありがたいことにとても丁寧に
答えてくださいました。
この時に同じく懇親会に参加されていた僕と同世代の宮城で鍼をされている
先生と親しくなり、一緒に死の臨床学会に参加しようという話になります。
宮城の鍼の先生は、曽我さん、というのですが、曽我さんはオデオンのホームページ
やブログを見てくださり、死の臨床学会の会場の名古屋に行く前に、名古屋を通り越して
沢山お土産を持って、滋賀まで遊びに来てくださいました。
お土産の内容は、僕の好きな、日本酒、牛タン(宮城といえば牛タンなんですね)
それとイノシシの肉の入っているイノシシカレー(宮城丸森町の名産だそうです)
という非常にレアなものでした。ありがとう。
名古屋へ出発の前日、少しオデオンを早めに終わり、僕とポーラ、みゆさん
曽我さんの4人でみゆさんの彼氏が働いておられるお店に食べに行きました。
そして当日は、6時15分に出発して名古屋に向かいました。
今は新名神があるので名古屋まですぐなんですね。
でもいつも夜型の僕にとっては6時15分はきつかった。。
定刻前に名古屋国際会議場に到着し開会式が終わった後、
僕は大下大圓さんという方のワークショップに参加します。
この人、お坊さんなのにスピリチュアルと言う言葉を使っておられ
スピリチュアル仏教のすすめ、などという本も書かれています。
うーん、うさんくさい(笑)
と最初は思っていたのですが、これが実によかった。
この方は病院で末期がんの方達などに心のケアをされているのですね。
講演を聴き、こういう方達が心のケアをしてくれることで、死にゆく人々
そしてその家族の人たちがどれだけ救われるか、ということをつくづく
実感しました。
やはりヒーラーって素晴らしい仕事ですね。
会場の都合で、質疑応答がなかったのですが、僕は大下大圓さんに
どうしても聞きたいことがあったので、講演終了後、直接質問に行きました。
大下大圓さんは、僕を見て
「あなたもお坊さんですか?」
「いえ、鍼うってます」
って答えると怪訝そうな顔をされてました。
それはさておき、僕の質問は、
欧米人は習慣的に祈りますが、
日本人は祈る習慣もないので、死、ということに対して
とても恐怖やストレスがあると思うのですが、どうやったら
それを少しでも減らすことが出来ますか?
というものです。
それに対して大下大圓先生は即座に、
「それは瞑想ですね」
と答えられました。そして、
「今度瞑想の本を出すので、買ってね」
としっかり営業もされました(笑)
死に対する恐怖はそれは大変なものだと思います。
それを軽減することの出来る瞑想というのはやはり素晴らしいツールなんですね。
もうちょっと瞑想を頑張ろうと思えた出来事でした。
死の臨床学会のブログ、もうちょっと続きます。
2009.11.11
死の臨床学会
11月6日と7日は名古屋で開催された、死の臨床学会に参加してきました。
まずは多大なエネルギーと時間をかけて準備をしてくださった関係者の
方達に感謝します。
本当に素晴らしい学会でした。
参加する前に僕は、罰当たりな事に、建前ばかりのきれい事や
偽善的な学会だったらいやだなぁと、ほんの少し思ったりしたのですが、
そんなことを考えた自分を恥じました。
参加できて本当によかったです。
僕は決して涙もろい方ではないのですが、学会中、涙をこらえることが出来ずに
何度か泣いてしまいました。
僕は幸いなことに健康で体力もあるので、普段、自分の死を考えることはありません。
しかし死について考える、死を意識することで初めて生が輝きを帯びてきそうな
気がします。
次の死の臨床学会は、岩手の盛岡であるそうです。遠いなぁ。
でも必ず行きます。行くって言っちゃったし。
次のブログでも、もう少し、死の臨床学会の事を書いてみたいと思います。
まずは多大なエネルギーと時間をかけて準備をしてくださった関係者の
方達に感謝します。
本当に素晴らしい学会でした。
参加する前に僕は、罰当たりな事に、建前ばかりのきれい事や
偽善的な学会だったらいやだなぁと、ほんの少し思ったりしたのですが、
そんなことを考えた自分を恥じました。
参加できて本当によかったです。
僕は決して涙もろい方ではないのですが、学会中、涙をこらえることが出来ずに
何度か泣いてしまいました。
僕は幸いなことに健康で体力もあるので、普段、自分の死を考えることはありません。
しかし死について考える、死を意識することで初めて生が輝きを帯びてきそうな
気がします。
次の死の臨床学会は、岩手の盛岡であるそうです。遠いなぁ。
でも必ず行きます。行くって言っちゃったし。
次のブログでも、もう少し、死の臨床学会の事を書いてみたいと思います。
2009.11.09
おたんじょうび
今日(11月9日)は、ポーラさんのお誕生日だったりします。
僕がお願いするのも恐縮ですが、ポーラさんにひとことおめでとうの
言葉をかけてくださると、感激やのポーラは宙に浮いてしまうかもしれません。
僕がお願いするのも恐縮ですが、ポーラさんにひとことおめでとうの
言葉をかけてくださると、感激やのポーラは宙に浮いてしまうかもしれません。
2009.11.06
ピアニスト
ピアニストのようこさんからコンサートのチラシがODEONに届きました。
11月末に早稲田大学交響楽団のソリストとして出演されるそうです
フランスで鍼をやっていた頃には、音楽を専攻されている方が沢山来てくれていたのですが
ようこさんもその一人で、非常に熱心にODEON鍼きゅう院(フランス時代の名称です)
に通ってくださっていました。
鍼で治しても治しても、おそらく彼女のキャパシティを超える練習量のせいで
いつも見事なくらい満身創痍の身体で治療に来てくださっていました。
僕はどの分野でも一流の条件として、躊躇なく努力が出来る事、迷いなく圧倒的な
努力が出来る事、が必要だと思っているのですが、彼女がまさしくそうで、当時、聞いて
びっくりするようなスケジュールをこなされていました。
チラシにはようこさんの略歴があります。
フ ェ リ ス 女 学 院 大 学 音 楽 学 部 器 楽 学 科 ピ ア ノ 専 攻 卒 業 、及 び 同 大 学 ア ン サ ン ブ ル デ ィ プ ロ マ 科 修 了 。 2 0 0 5 年 、フ ラ ン ス 国 立 ヴ ェ ル サ イ ユ 地 方 音 楽 院 高 等 科 を 満 場 一 致 の 一 等 賞 で 卒 業 。 同時にConcours d’ interpretation de la musique du 20eme siecleにて審査員賞受賞。 2 0 0 6 年 、同 音 楽 院 特 別 課 程 デ ィ プ ロ ム 取 得 後 、帰 国 。栃 木 県 ピ ア ノ コ ン ク ー ル 優 秀 賞 、ベ ス ト プ レ イ ヤ ー ズ コ ン テ ス ト 入 賞 、ピ カ ル デ ィ コ ン ク ー ル 2 位 。
「Vive la musique」として栃木県芸術祭準グランプリ受賞。 U F A M 国 際 コ ン ク ー ル 、ピ カ ル デ ィ コ ン ク ー ル 、ク ラ リ ネ ッ ト コ ン ク ー ル 、 エ コ ー ル ・ ノ ル マ ル 卒 業 試 験 に て 伴 奏 。 そ の 他 、コ ン ク ー ル や コ ン サ ー ト に て 多 数 伴 奏 を 行 う 。
フ ラ ン ス 、韓 国 、日 本 に お い て 数 々 の コ ン サ ー ト に 出 演 す る 。現 在 は 、室 内 楽 、伴 奏 、ソ ロ 活 動 の 傍 ら 、後 進 の 指 導 にも 力 を 入 れ て い る 。
ピアノを大貫忠次、二宮裕子、上原興隆、立神粧子、Edda ERLENDSOTTIR、伴奏をChristine ROUAULT、 室内楽をJean-Pierre SABOURET、Jacques CHARLES、Francois GONZALESの各氏に師事。
ようこさんが治療に来てくれていたのが2002年から2003年でしたから、僕たちが帰国してから後に沢山賞をとられていたんですね。略歴をこうして見させてもらうのは初めてなんですが、すごいなぁと思いました。しかしすごいなぁと思う一方で、あれだけ頑張れば、どうやったってちゃんと結果が出るだろうなぁとも思います。それぐらい努力されてました。
余談ですが、ようこさんが、まだパリで勉強されていた頃、一時的に日本に帰国してコンサートを開催されたことがありました。
僕はポーラさんと一緒に聞きに行ったのですが、その後、ようこさん、ようこさんのご友人が温泉旅行に行かれるというので、僕とポーラさんも同行させてもらいました。
美味しい料理を食べ、美味しいお酒を飲んで、それはとても楽しいひとときでした。
次の日の朝、僕たちは用事があったので、一足先に旅館を出て電車に乗り込んだのですが
僕はジャケットを忘れてきたことに気がつきました。
慌ててジャケットを忘れたことを電話で伝えたのですが、ようこさんはとても言いにくそうに
「ジャケットだけではなくて下着も・・・・」
僕は事もあろうにパンツと靴下を忘れてきたのです。
捨ててもらってもよかったのですが、(というかその方がよかったのですが)
後日、きれいに洗濯され、きちんとアイロンのかかったパンツと靴下が
後日、ようこさんから僕の元へ郵送されてきました。
当時、恥ずかしいことは多々ありましたが、その中でもこれが一番恥ずかしかったです。
送ってもらったチラシを見ながら、そんなことなども思い出しました。
11月末のコンサートはちょと行くことが出来ないのですが、また是非演奏を聴きに
行きたいと思ってます。
うまくいくように応援してますね。
11月末に早稲田大学交響楽団のソリストとして出演されるそうです
フランスで鍼をやっていた頃には、音楽を専攻されている方が沢山来てくれていたのですが
ようこさんもその一人で、非常に熱心にODEON鍼きゅう院(フランス時代の名称です)
に通ってくださっていました。
鍼で治しても治しても、おそらく彼女のキャパシティを超える練習量のせいで
いつも見事なくらい満身創痍の身体で治療に来てくださっていました。
僕はどの分野でも一流の条件として、躊躇なく努力が出来る事、迷いなく圧倒的な
努力が出来る事、が必要だと思っているのですが、彼女がまさしくそうで、当時、聞いて
びっくりするようなスケジュールをこなされていました。
チラシにはようこさんの略歴があります。
フ ェ リ ス 女 学 院 大 学 音 楽 学 部 器 楽 学 科 ピ ア ノ 専 攻 卒 業 、及 び 同 大 学 ア ン サ ン ブ ル デ ィ プ ロ マ 科 修 了 。 2 0 0 5 年 、フ ラ ン ス 国 立 ヴ ェ ル サ イ ユ 地 方 音 楽 院 高 等 科 を 満 場 一 致 の 一 等 賞 で 卒 業 。 同時にConcours d’ interpretation de la musique du 20eme siecleにて審査員賞受賞。 2 0 0 6 年 、同 音 楽 院 特 別 課 程 デ ィ プ ロ ム 取 得 後 、帰 国 。栃 木 県 ピ ア ノ コ ン ク ー ル 優 秀 賞 、ベ ス ト プ レ イ ヤ ー ズ コ ン テ ス ト 入 賞 、ピ カ ル デ ィ コ ン ク ー ル 2 位 。
「Vive la musique」として栃木県芸術祭準グランプリ受賞。 U F A M 国 際 コ ン ク ー ル 、ピ カ ル デ ィ コ ン ク ー ル 、ク ラ リ ネ ッ ト コ ン ク ー ル 、 エ コ ー ル ・ ノ ル マ ル 卒 業 試 験 に て 伴 奏 。 そ の 他 、コ ン ク ー ル や コ ン サ ー ト に て 多 数 伴 奏 を 行 う 。
フ ラ ン ス 、韓 国 、日 本 に お い て 数 々 の コ ン サ ー ト に 出 演 す る 。現 在 は 、室 内 楽 、伴 奏 、ソ ロ 活 動 の 傍 ら 、後 進 の 指 導 にも 力 を 入 れ て い る 。
ピアノを大貫忠次、二宮裕子、上原興隆、立神粧子、Edda ERLENDSOTTIR、伴奏をChristine ROUAULT、 室内楽をJean-Pierre SABOURET、Jacques CHARLES、Francois GONZALESの各氏に師事。
ようこさんが治療に来てくれていたのが2002年から2003年でしたから、僕たちが帰国してから後に沢山賞をとられていたんですね。略歴をこうして見させてもらうのは初めてなんですが、すごいなぁと思いました。しかしすごいなぁと思う一方で、あれだけ頑張れば、どうやったってちゃんと結果が出るだろうなぁとも思います。それぐらい努力されてました。
余談ですが、ようこさんが、まだパリで勉強されていた頃、一時的に日本に帰国してコンサートを開催されたことがありました。
僕はポーラさんと一緒に聞きに行ったのですが、その後、ようこさん、ようこさんのご友人が温泉旅行に行かれるというので、僕とポーラさんも同行させてもらいました。
美味しい料理を食べ、美味しいお酒を飲んで、それはとても楽しいひとときでした。
次の日の朝、僕たちは用事があったので、一足先に旅館を出て電車に乗り込んだのですが
僕はジャケットを忘れてきたことに気がつきました。
慌ててジャケットを忘れたことを電話で伝えたのですが、ようこさんはとても言いにくそうに
「ジャケットだけではなくて下着も・・・・」
僕は事もあろうにパンツと靴下を忘れてきたのです。
捨ててもらってもよかったのですが、(というかその方がよかったのですが)
後日、きれいに洗濯され、きちんとアイロンのかかったパンツと靴下が
後日、ようこさんから僕の元へ郵送されてきました。
当時、恥ずかしいことは多々ありましたが、その中でもこれが一番恥ずかしかったです。
送ってもらったチラシを見ながら、そんなことなども思い出しました。
11月末のコンサートはちょと行くことが出来ないのですが、また是非演奏を聴きに
行きたいと思ってます。
うまくいくように応援してますね。
2009.11.04
ガネーシャ
先日鍼に来てくださったMさんが。
「おそくなっちゃいましたが、誕生日のプレゼントです!」
と言ってガネーシャのこけ玉を持ってきてくださいました。

どうですか?かわいくないですか?
これ、写真ではちょっとわかりにくいんですが、ちゃんと鼻も付いてるんですよ。
そして隠れてしまって全部見えないのですが
「笑顔がいっぱい」
と書かれた札を持っています。
僕は笑顔には自信はないですが、出来るだけ上機嫌で過ごすように
心がけています。自分のために、そして周りにいてくれる人たちのために。
Mさんは、このガネーシャを見たとたん「たけし先生だ!」
と思ってくださったそうです。似てるのか?(笑)
このMさん、以前に駅までお迎えに行くときに、こちらのミスで
随分待たせてしまったことがありました。
機嫌が悪くてもまったく不思議ではない状態なのでおそるおそる
お迎え場所の駅に到着すると、Mさんはニコニコの笑顔で待っててくださいました。
こういうときはまいったなぁと思います。かないませんね、こういう人には。
僕も見習ってフルタイム上機嫌!を目指したいと思います。
「おそくなっちゃいましたが、誕生日のプレゼントです!」
と言ってガネーシャのこけ玉を持ってきてくださいました。

どうですか?かわいくないですか?
これ、写真ではちょっとわかりにくいんですが、ちゃんと鼻も付いてるんですよ。
そして隠れてしまって全部見えないのですが
「笑顔がいっぱい」
と書かれた札を持っています。
僕は笑顔には自信はないですが、出来るだけ上機嫌で過ごすように
心がけています。自分のために、そして周りにいてくれる人たちのために。
Mさんは、このガネーシャを見たとたん「たけし先生だ!」
と思ってくださったそうです。似てるのか?(笑)
このMさん、以前に駅までお迎えに行くときに、こちらのミスで
随分待たせてしまったことがありました。
機嫌が悪くてもまったく不思議ではない状態なのでおそるおそる
お迎え場所の駅に到着すると、Mさんはニコニコの笑顔で待っててくださいました。
こういうときはまいったなぁと思います。かないませんね、こういう人には。
僕も見習ってフルタイム上機嫌!を目指したいと思います。
2009.11.03
サングラス
日曜日は電磁波の勉強のために東京へ行ってました。
懇親会を含めて終わるのは8時くらいなので帰ろうと思えば帰れたのですが
(ポーラも待ってることですし)今回は1泊することにしました。
理由は御徒町にある-eau de vie- 〜オードビー〜というサングラスの
お店にどうしても行きたかったからです。
琵琶湖沿いでインラインスケートをするときに、普通のサングラスでやっていたのですが、
琵琶湖沿いは風が強いことが多く、どうしても風を巻き込み目が乾燥してしまいます。
それが僕にとっては非常にストレスだったので、どうしても目の負担の軽減する
サングラスが欲しかったのです。
インラインスケートは結構なスピードが出るので(というか出せるようになったので)
顔にちゃんとあった物でないと痛くなったりずれたりする可能性があります。
そこでインターネットでいろいろ調べた結果、オードビーさんを見つけたわけです。
開店と同時に入店した僕は、さっそく店員さんに、インラインスケートをしていること
琵琶湖沿いは風が強いことなどを伝え、いくつかの種類をピックアップしてもらいました。
そしてどうせなら自転車でも使いたいので、夜もよく見える物を、とお願いしたところ
偏光レンズのついている物が候補に挙がりました。
この偏光レンズ、明るいところではまぶしくなく見え、暗いところでは普通に
見えるという優れ物らしいのです。
理想はやはり昼用と夜用を二つ作るのがいいらしいんですが、グラスにいきなり
そこまでお金はかけられません。
偏光レンズが最初からついているタイプは種類がとても少なく、
なかなか気に入る物がありません。
結局、偏光レンズではないもののフレームだけ使い、変更レンズに
交換することにしました。値段は上がってしまうのですがここは
妥協したくありません。一泊してまで来てるのですから(笑)
そして随分と長いことかけて僕の顔にぴったり来るように調整してもらい
やっとお持ち帰り、ということになりました。
11時に入店してレンズの交換と調整が終わったのは2時を過ぎてました。
で、今日、早速琵琶湖まで出かけていってインラインスケートをしてきたのですが
時間をかけて調整しただけあって、仕上がりは最高です。
今までのはなんだったの?というくらい(笑)
まったくずれることなく、違和感もなく、風の巻き込みも強風が
吹いていたのにもかかわらずほとんど気になりません。
今日はそれがうれしくってうれしくってずっと上機嫌の一日でした。
これからのインラインスケートライフがさらに楽しくなりそうです。
懇親会を含めて終わるのは8時くらいなので帰ろうと思えば帰れたのですが
(ポーラも待ってることですし)今回は1泊することにしました。
理由は御徒町にある-eau de vie- 〜オードビー〜というサングラスの
お店にどうしても行きたかったからです。
琵琶湖沿いでインラインスケートをするときに、普通のサングラスでやっていたのですが、
琵琶湖沿いは風が強いことが多く、どうしても風を巻き込み目が乾燥してしまいます。
それが僕にとっては非常にストレスだったので、どうしても目の負担の軽減する
サングラスが欲しかったのです。
インラインスケートは結構なスピードが出るので(というか出せるようになったので)
顔にちゃんとあった物でないと痛くなったりずれたりする可能性があります。
そこでインターネットでいろいろ調べた結果、オードビーさんを見つけたわけです。
開店と同時に入店した僕は、さっそく店員さんに、インラインスケートをしていること
琵琶湖沿いは風が強いことなどを伝え、いくつかの種類をピックアップしてもらいました。
そしてどうせなら自転車でも使いたいので、夜もよく見える物を、とお願いしたところ
偏光レンズのついている物が候補に挙がりました。
この偏光レンズ、明るいところではまぶしくなく見え、暗いところでは普通に
見えるという優れ物らしいのです。
理想はやはり昼用と夜用を二つ作るのがいいらしいんですが、グラスにいきなり
そこまでお金はかけられません。
偏光レンズが最初からついているタイプは種類がとても少なく、
なかなか気に入る物がありません。
結局、偏光レンズではないもののフレームだけ使い、変更レンズに
交換することにしました。値段は上がってしまうのですがここは
妥協したくありません。一泊してまで来てるのですから(笑)
そして随分と長いことかけて僕の顔にぴったり来るように調整してもらい
やっとお持ち帰り、ということになりました。
11時に入店してレンズの交換と調整が終わったのは2時を過ぎてました。
で、今日、早速琵琶湖まで出かけていってインラインスケートをしてきたのですが
時間をかけて調整しただけあって、仕上がりは最高です。
今までのはなんだったの?というくらい(笑)
まったくずれることなく、違和感もなく、風の巻き込みも強風が
吹いていたのにもかかわらずほとんど気になりません。
今日はそれがうれしくってうれしくってずっと上機嫌の一日でした。
これからのインラインスケートライフがさらに楽しくなりそうです。
2009.11.02
電磁波測定士総会
週末は電磁波の勉強のために東京へ行ってきました。
10時前には表参道にいなければいけないので、うんと早起きして
新幹線に飛び乗りました。眠かった。
しかし眠い思いをして行っただけのことはありました。
アレルギークリニックの院長をされている丸山先生という方の
お話をいろいろ聞くことができたのですが、
丸山先生は、沢山の症例を挙げ、何度も何度も、電磁波の事を抜きにして
アレルギー疾患の治療はあり得ない、と強くおっしゃってました。
そしてアレルギーだけではなくその他の症状も。
アレルギーの専門医からそういう話を沢山のデータの裏付けから
説明してもらうと非常に説得力があります。
僕は以前、電磁波測定士という資格を取ってから、電磁波の事に
興味を持たれた方には僕の手が空いていたら説明させてもらう、
ということをオデオンでやってました。しかし今、鍼が非常に忙しく
かなり先まで予約が入っていて、なかなか電磁波の事まで手が回らない
状態です。
僕がなんのために鍼をやっているかというと、鍼を受けてくれた人に
幸せになってもらうためです。
鍼をする、やったそのときだけではなくて徐々に体質が変わってくる。
そして出来なかったことが出来るようになってくる、または能力を
さらに発揮できるようになってきて、充実した日々を送れるようになる。
そして電磁波の情報を提供していく、または必要があれば測定しに行く、
ということは鍼をする目的と同じで、体質を変えていく、または
将来起こりうる病気のリスクをうんと減らし、そしてそれが幸せな
状態につながっていくんですね。きっと。
このことを頑張ってやっていくことで、日本を変える、とまではいきませんが、
少なくとも身近な人たちを幸せにしていくことはできると思ってます。
どこまで出来るかわかりませんが、これからはもう少し電磁波の方にも
エネルギーを割いてやっていくつもりです。
余談ですが、懇親会の席で、丸山先生が
「これからはもっと教育にも力を入れていけって言われたんだよ」
と言われたので
「それ、誰に言われたんですか?」
と聞いてみました。そしたらなんと
「天使に言われたんだよ。」
とおっしゃいました。僕は、この人冗談言ってんだなぁと
苦笑いしてると、丸山先生は真剣な顔になって、
「天使ってちゃんと聞けば答えてくれるんだよ。聞こうと思えば誰でも天使の声は聞けるんだ」
とおっしゃいました。
これって、どこかで聞いたような(笑)
アレルギークリニックのドクターが、天使の事を話すなんて夢にも思いませんでしたが
多分、こういう先生だから電磁波のことにも真剣に取り組み、それを医療の現場で
活かすことが出来るんでしょうね。
もちろん僕は天使肯定派です。なのでちょっぴり嬉しい出来事でした。
2009.10.31
抱っこしすぎて
「あかちゃんを抱っこしすぎて肩と背中がいたいんですー!」
と言って、Eさんは育児の合間に鍼にいらしてくださいました。
見てみると、肩から背中にかけて筋肉が緊張しているところが沢山あります。
それに本人の自覚はまったくないのですが、腰にかなり緊張しているところが
あったので腰にも鍼をしました。
腰の緊張している筋肉に鍼をあててみると、
「わたし、腰疲れてたんですねー!」
と驚かれていました。
鍼をしてみると、不思議なことに自分の身体のどこが疲れているか
よくわかります。
Eさんは、赤ちゃんに恵まれる前に、
「赤ちゃんが欲しいんだけどなぁ」
といいながら何度か鍼に来てくださってました。
だんだん、赤ちゃんが来てくれそうな身体になってきたので
「もう身体の状態が非常にいいので、いつ妊娠してもおかしくないですよ」
とお伝えした直後に妊娠されました。
よほど驚かれたらしく、
「先生に妊娠しそうな身体になったよって言われてからすぐに妊娠した!」
とその後嬉しそうに何度も言ってくださいました。
妊娠中には、妊婦さん特有の腰痛に悩まされておられたので、そのために来てくださり
出産前には元気な赤ちゃんを産むための安産の鍼に来てくださり、
出産後はこうして身体のケアに来てくださっています。
ありがたいことですね。
話を聞けば聞くほど、育児って大変な事なんですね。
Eさんは非常に明るくて元気な方なので、その明るさで、大変な育児も
笑顔でのりきっていかれることでしょう。
と言って、Eさんは育児の合間に鍼にいらしてくださいました。
見てみると、肩から背中にかけて筋肉が緊張しているところが沢山あります。
それに本人の自覚はまったくないのですが、腰にかなり緊張しているところが
あったので腰にも鍼をしました。
腰の緊張している筋肉に鍼をあててみると、
「わたし、腰疲れてたんですねー!」
と驚かれていました。
鍼をしてみると、不思議なことに自分の身体のどこが疲れているか
よくわかります。
Eさんは、赤ちゃんに恵まれる前に、
「赤ちゃんが欲しいんだけどなぁ」
といいながら何度か鍼に来てくださってました。
だんだん、赤ちゃんが来てくれそうな身体になってきたので
「もう身体の状態が非常にいいので、いつ妊娠してもおかしくないですよ」
とお伝えした直後に妊娠されました。
よほど驚かれたらしく、
「先生に妊娠しそうな身体になったよって言われてからすぐに妊娠した!」
とその後嬉しそうに何度も言ってくださいました。
妊娠中には、妊婦さん特有の腰痛に悩まされておられたので、そのために来てくださり
出産前には元気な赤ちゃんを産むための安産の鍼に来てくださり、
出産後はこうして身体のケアに来てくださっています。
ありがたいことですね。
話を聞けば聞くほど、育児って大変な事なんですね。
Eさんは非常に明るくて元気な方なので、その明るさで、大変な育児も
笑顔でのりきっていかれることでしょう。
2009.10.29
リコネクティブ・ヒーリング体験
今日鍼に来てくださったMさんが、鍼が終わった後
リコネクティブ・ヒーリング、というものをしてくださいました。
鍼が終わった後は、身体の治癒力が仕事をしてくれているため
出来ればゆっくりしててほしいので、遠慮するところなのですが、
今僕はインラインスケートのやりすぎでどうしても抜けない太もも前面の疲れが
気になっていて、甘えてお願いすることにしました。
リコネクティブ・ヒーリングって、あれですね、さわらずにちょっと
離れたところからエネルギーを送るんですね。
ヒーリングが始まってからすぐに太ももに磁力を受けているような
圧力を感じます。これは今まで体験したことのないような不思議な感じです。
よく整形外科に干渉波をあてる機械が置いてあるのですが、感覚としては
それに少し似ています。
どうやら正常な箇所はエネルギーが素通りするらしく、問題のある筋肉だけ
圧力がかかっているような感じです。
これってどういう仕組みなんでしょうね。さっぱりわかりませんが、
ヒーリングをしてもらってしばらくしてから、太ももの疲労感が
かなり抜けていることに気づきました。
鍼師びっくり(笑)
こういういいものはどんどん流行っていけばいいなぁと思います。
リコネクティブ・ヒーリング、というものをしてくださいました。
鍼が終わった後は、身体の治癒力が仕事をしてくれているため
出来ればゆっくりしててほしいので、遠慮するところなのですが、
今僕はインラインスケートのやりすぎでどうしても抜けない太もも前面の疲れが
気になっていて、甘えてお願いすることにしました。
リコネクティブ・ヒーリングって、あれですね、さわらずにちょっと
離れたところからエネルギーを送るんですね。
ヒーリングが始まってからすぐに太ももに磁力を受けているような
圧力を感じます。これは今まで体験したことのないような不思議な感じです。
よく整形外科に干渉波をあてる機械が置いてあるのですが、感覚としては
それに少し似ています。
どうやら正常な箇所はエネルギーが素通りするらしく、問題のある筋肉だけ
圧力がかかっているような感じです。
これってどういう仕組みなんでしょうね。さっぱりわかりませんが、
ヒーリングをしてもらってしばらくしてから、太ももの疲労感が
かなり抜けていることに気づきました。
鍼師びっくり(笑)
こういういいものはどんどん流行っていけばいいなぁと思います。






